1960年に発見されていた恐竜の卵殻化石を展示(山口県・下関市立考古博物館①)
【下関市で産出した恐竜の卵殻化石】
下関市立考古博物館は、国史跡である綾羅木郷(あやらぎごう)遺跡に隣接している。この遺跡は弥生時代前期を中心とする複合遺跡で、館内にはこの遺跡や下関市内の弥生土器などが展示されている。美しいシルエットをもつ弥生土器や土笛など、考古学分野についてもとても興味深い展示だったが、それは又の機会にして、博物館内に特別なコーナを設けて展示している恐竜の卵殻化石と足跡の化石について紹介したい。
館内の展示と館内で配布されていた「下関市産恐竜卵化石」の資料などによると、この卵の化石は2020年3月に新種の恐竜卵殻化石として「ムルティフィスウーリトゥス・シモノセキエンシス」(下関の多裂卵石の意味)と命名され論文が発表された。所有者から考古博物館に寄贈され、常設展示されるようになった。

【恐竜の足跡の化石】
この化石は白亜紀前期の地層、関門層群下関亜層群から産出した。発見されたのはなんと1960年。1965年になって採集された。採集したのは同時高校生だった清水好晴氏。実家で50年以上保管されたままだったが、2016年に採集者の甥が勤務する美祢市教育委員会に照会。この標本を見た美祢市化石館が、福井県立恐竜博物館に鑑定を依頼したところ恐竜の化石であることが分かった。
化石が採集されたころ、下関市では綾羅木郷台地遺跡の保存運動が盛り上がっており、採集者もこの発掘調査に参加して、記録を残すことの大切さを学んでいたという。その知識を生かし、採集の際に正確な実測図と写真記録を残していたことが、60年後の研究に役立ったという。
国内で恐竜の卵殻化石が発見されているのは石川県白山市、福井県勝山市、岐阜県高山市、兵庫県丹波市と下関市の5カ所だけだ。下関産の卵殻は、「平均3・7ミリと卵殻が厚い特徴があり、中~大型恐竜の卵かも知れません」と記されていた。今後の発掘、研究に期待したい。
それにしても1960年といえば、まだ、岩手県で竜脚類の骨である「モシリュウ」が発見された1978年より、ずいぶん前のことだ。長崎市で産出した哺乳類の骨が、「トラコドン」の骨だと誤って鑑定されたのが1962年のことだ。当時は、高校生が鑑定を依頼しようとしても、するところがなかったことが想像できる。むしろ、よく保管していたものだと思う。

【恐竜の足跡の化石】
足跡化石は1993年に下関市吉母(よしも)の海岸で産出した。ジュラ紀後期の豊西層群清末層からだった。ここで展示されているのはレプリカで、原標本は北九州市のいのちのたび博物館で展示されていた。

【恐竜化石のコーナー】
(取材・2026年7月4日)
山口県・下関市立考古博物館
〒751-0866
山口県下関市大字綾羅木字岡454番地
083ー254-3061
休館日
毎週月曜日
12月28日~1月4日
入館料
無料
(利用案内による)