恐竜王国ニッポンをゆく〜化石と大地の記録〜

シーラカンスについて詳しく説明、魚類の貴重な化石をいくつも展示(いのちのたび博物館=北九州市立自然史・歴史博物館⑤)

シーラカンスについて詳しく説明、魚類の貴重な化石をいくつも展示(いのちのたび博物館=北九州市立自然史・歴史博物館⑤)

【マウソニア】

 いのちのたび博物館は魚類について、詳しく展示している。
 説明板によると、魚類の最も古い記録はカンブリア紀前期に出現した「無顎類」だ。デボン紀(約4億1600万年前~約3億5920万年前)になると、魚類のすべてのグループが出現する。デボン紀は「魚類時代」とも呼ばれるほど、魚類が多様性に富む時代だった。無顎類、板皮(ばんぴ)類、軟骨魚類、棘魚(きょくぎょ)類、条鰭(じょうき)類、肉鰭(にくき)類だ。板魚類はデボン紀の終わりに、棘魚類はペルム紀に絶滅した。

【シーラカンスのコーナー】


 肉鰭類には、シーラカンスやハイギョなどが含まれる。そのシーラカンスについて、この博物館ではわざわざ小さなコーナーを用意して詳説していた。

 「シーラカンス」とはそもそも、種名ではない。シーラカンス目に属する魚類の総称だ。化石種も現生種も含んでいる。
 デボン前期に現れた魚で、中生代白亜紀末に絶滅したと長く考えられてきた。2億年ほど前の三畳紀には29種、ジュラ紀には21種いた。現在種は海に棲んでいるが、かつては淡水に棲む種もいた。
 現生種は2種だけだ。最初に見つかったのは1938年。南アフリカのイーストロンドンにある博物館の学芸員がトロール網で捕獲された魚の中に奇妙な魚がいることを発見し、博物館で剥製として保存した。その魚の鑑定を南アフリカのローズ大学のJ.L.B.スミス博士に依頼し、この魚がシーラカンスであることが分かった。翌年に、発見者と発見場所にちなんで「ラティメリア・シャルムナエ」と学名が付けられた。
 次に現生種が発見されたのは1997年。米国人のマーク・アードマンによって、インドネシアのマナドの魚市場で目撃された。98年になって、ホロタイプとなる標本が捕獲され、99年に新種として発表された。学名は「ラティメリア・メナドエンシス」だ。
 メキシコの浅い海に棲んでいたシーラカンスの祖先は、深海に移り棲んだことで白亜紀末の大絶滅を生き延びた。その後、インドア大陸の北上と共に、深海に棲んでいたシーラカンスは西と東に分けられ、別々の種に分かれた。2種のシーラカンスは、インド洋の生い立ちと深い関係がある。

【シーラカンスの魚拓】

【パルナイバイア】

 シーラカンスはまた、卵胎生であることも記されていた。
 化石としては、白亜紀前期のシーラカンスである「マウソニア」の全身化石が展示されていた。シーラカンスの中では最大で全長3メートルを超えるものもいた。しかし、発見されている化石の多くは頭部の骨やその一部で、全身が保存されているのは、世界でもこの標本だけだと誇らしく飾られていた。ブラジルのセアラ州アラリベでの産出だ。
 ジュラ紀のシーラカンスである「パルナイバイア」の化石も展示されていた。ブラジルのパルライバ州で産出した。この種の完模式標本で、見た目も大変美しいものだった。
 珍しいものとしては、シーラカンスの魚拓が展示されていた。1981年12月31日にグランドコモロ諸島で捕獲されたシーラカンスで、82年3月15日に国立科学博物館分館で解剖される前に、東洋近代美術研究所の田口道夫さんによって魚拓にとられた。

【世界最大のオルサカンサスの化石】

 シーラカンス以外では、ペルム紀の「オルサカンサス」の化石が展示されていた。ドイツから産出した化石で、体長2・45メートルあり、この種の標本としては世界最大だ。

 他にも、各時代の美しい魚の化石が並んでいた。

【色々な古生代の魚の化石】

【新生代の化石。ビワマス類似の一種】

(取材・2026年7月3日)

いのちのたび博物館(北九州市立自然史・歴史博物館)

〒805-0071
北九州市八幡東区東田2丁目4-1
093ー681-1011

休館日
毎年6月下旬頃(外注駆除 約1週間)
年末年始

午前9時~午後5時(入館は午後4時半まで)

観覧料
一般               600円
高校生以上の学生         360円
小・中学生            240円

           (ガイドによる)